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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)10750号 判決 1992年11月18日

原告

池田佐智子

ほか二名

被告

伊東清勝

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、各原告に対し金三八四万八六七〇円及び各内金三一四万九六一〇円に対する平成二年七月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、各原告らに対し金七四七万九〇六〇円及び各内金六四八万円に対する平成二年七月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通死亡事故による被害者の遺族からの、加害車両所有者に対する自賠法三条、加害車両運転者に対する民法七〇九条に基づく損害賠償請求事案である。

一  争いのない事実など(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含む。)

1  事故の発生

(1) 発生日時 平成二年七月二〇日午前九時二〇分ころ

(2) 発生場所 大阪市西淀川区御弊島一丁目一九番一四号先交差点(以下「本件交差点」という。)

(3) 加害車両 普通貨物自動車(なにわ四四ま二一一九)

(4) 加害運転者 被告伊藤清勝(以下「被告伊藤」という。)

(5) 右保有者 被告株式会社大和精密金属製作所(以下「被告会社」という。)

(6) 被害者 足踏式自転車に乗つた池田範子(以下「亡範子」という。)

(7) 事故態様 亡範子が足踏式自転車に乗り大阪池田線の自転車専用道を北進して本件交差点に進入したところ、右交差点に東から南に左折すべく進入した被告伊藤運転の加害車両が衝突し、同女を路上に転倒させた。

2  亡範子の受傷・死亡

亡範子は、本件事故により頭部打撲傷(頭蓋骨骨折、硬膜下血腫、くも膜下出血、脳挫傷、脳幹部出血)、胸部・腰部・四肢打撲傷、心外膜・心筋・心内膜出血の傷害を負い、平成二年七月二〇日から翌二一日まで大阪大学医学部附属病院に入院し、同日午後四時同病院において死亡した(甲八、九)。

3  被告らの責任原因

(1) 被告伊藤の責任

本件事故は被告伊藤の過失により発生したものであるから、亡範子の死亡による損害について民法七〇九条に基づき損害賠償責任を負う。

(2) 被告会社の責任

被告会社は、加害車両の所有者として自己の運行の用に供していたのであるから、亡範子の死亡による損害について自賠法三条に基づき損害賠償責任を負う。

3  相続

原告池田佐智子(以下「原告佐智子」という。)は、亡範子の長女であり、原告池田浩名及び同池田知奈美(以下「原告浩名」、「原告知奈美」という。)は共に亡範子の養女であつて、同人の被告らに対する損害賠償請求権を各自三分の一宛相続した(甲一ないし五及び弁論の全趣旨)

4  損害の填補

原告らは、亡範子の死亡により自賠責保険より、平成三年一〇月八日、一九五九万五一〇〇円の支払を受けた(甲三五)。

二  争点

1  過失相殺

2  損害額

とくに争われているのは、以下の点である。

(1) 逸失利益

(2) 原告らは、原告らが亡範子の死亡により約七三〇〇万円の相続税を負担することになつたが、これは本件事故により亡範子が節税対策ができぬまま死亡したことによるものであるから、本件事故と税負担が軽減できなかつたことによる損害の発生について相当因果関係があるとして内金五〇〇万円の損害賠償請求をするのに対し、被告らはこれを争う。

第三争点に対する判断

一  過失相殺

1  証拠(乙一の13、19、20、被告伊藤)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件交差点は、東西に通ずる道路(以下「東西道路」という。)と南北に通ずる道路(府道大阪池田線、以下「府道」という。)が交差する交通整理の行われていない交差点であり、東西道路は、幅員八メートル、最高時速二〇キロメートルの速度規制、一時停止規制がなされているアスフアルト舗装道路であり、府道は、南行車道は片側二車線で幅員約七・五メートル、車道の東側には順次、幅員一・二メートルの低木の植え込み、幅員一・七メートルの自転車専用道(以下「自転車道」という。)、幅員一・七メートルの歩道が設けられている、法定速度の規制のあるアスフアルト舗装道路である。本件事故後約一時間後に行われた実況見分の際の交通量は五分間に府道南行車線が一〇〇台、東西道路が二台であつた。

本件交差点東詰にはその両側に建物及び地上高約三メートルの植え込みがあつて左右の見通しが不良であつた。

(2) 被告伊藤は、加害車両を運転して東西道路を西進し、本件交差点を左折すべくウインカーを点灯し、本件交差点東詰の一時停止線前で一旦停止をしたが、府道を通行する車両の見通しが悪いので府道の歩道の東端付近まで進行したうえで再度停止したうえで、南に左折しようとしたが、右方からの進行車両に気を奪われて、左方の安全を確認しないまま、右方進行車両が途切れたのでアクセルを踏み、時速約一〇キロメートルで進行し、歩道と自転車道との境界付近で自転車道を南から北に直進してきた亡範子の自転車のハンドル右側グリツプなどに加害車両の前部右側を衝突させ、亡範子を転倒させた。被告伊藤は、衝突まで、亡範子に気づかず、衝突後直ちに急制動の措置をとつた(なお、被告伊藤の司法警察員に対する供述調書(甲一の19)には停止線手前で一度停止したのみで、その後は停止しなかつた旨の記載部分があるが、この点について前記認定のとおりの供述に変えても、左方の確認を怠つた点は変わらず、格別被告伊藤にとつても有利になることはないこと、本件道路状況(府道の交通量、東西道路からの見通しの悪さなど)などの事情に照らすと、右供述部分よりその後の検察官に対する供述、刑事公判廷での供述(甲一の20、25)及び被告伊藤の本人尋問に、より信用性が認められる。)。

以上の事実が認められる。

2  右事実によると、本件事故は一時停止規制のある道路から交差点に進入し左方向についての確認を怠つたまま左折しようとした被告伊藤の過失が重大であるが、前記認定の加害車両が徐行していた事実に照らすと亡範子も前方注視を欠いて進行していたといわざるを得ず、この点を斟酌すると双方の過失割合は被告伊藤が九割、亡範子が一割とするのが相当である。

二  損害額(各費目の括弧内は原告ら請求額である。)

1  逸失利益(一四〇〇万円(内金請求)) 一二二六万八四三四円

証拠(甲三、三二、乙一の16、2、原告佐智子)及び弁論の全趣旨によれば、亡範子は、本件事故当時六八歳の健康な女子で、長女である原告佐智子及び同女の実子であり、かつ、亡範子の養子でもある原告浩名(一八歳)、同知奈美(一四歳)と同居生活を送り、原告佐智子とともに石綿加工販売業を営んでいたこと、亡範子死亡後、原告佐智子は平成四年七月末日をもつて人手不足から石綿加工販売業を廃業したことが認められる。

ところで、原告らは、亡範子の平成元年分の申告所得額が年間三六万一三六五円(甲二七の1)に過ぎないのに、亡範子の所得が年間少なくとも三六〇万円以上であつたと主張し、右所得を裏付けるべく証拠(甲一一、一二、二七の1、2、二八の一、二、二九ないし三一、原告佐智子)を提出・援用し、申告所得は売上、経費を正確に反映したものではなく、少なくとも原告ら主張額の所得があつたとするが、原告佐智子はその本人尋問において売上、仕入れ等の資料はないことを認めているもので、右事業による所得は不分明であるといわざるをえず、右証拠によつては原告の所得がその主張どおりであることを認めるに十分ではないというべきである(なお、国民年金の受給権の喪失は、国民年金が専ら社会保障的見地から被保険者の生活保障を目的とする制度であり、給付される年金は全て被保険者の生活費に充てられることが予定されているというべきであるから逸失利益とは認められない。)。

しかしながら、前記認定の生活状況からすると、亡範子は、本件事故当時、少なくとも平成二年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計六五歳以上の平均年収額である二六六万〇一〇〇円程度の収入をあげていたものと推認することができるから、これによつて、逸失利益を算定するのが相当である。

右事実によれば、亡範子は、本件事故にあわなければ、少なくとも、なお八年程度は就労して年間右程度の収入を得ることが可能であつたといえるから、生活費控除を三割(一家の主柱として稼働していたことによれば右割合が相当である。)とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、逸失利益の現価を算出すると、次のとおり一二二六万八四三四円となる。

(計算式)2,660,100×(1-0.3)×6.5886=12,268,434(小数点以下切捨て、以下同様)

2  慰藉料(二〇〇三万円) 二〇〇〇万円

本件事故態様、家庭状況など諸般の事情を総合すると亡範子から原告らが相続した分及び原告ら固有分を合わせて合計二〇〇〇万円が相当である。

3  入院雑費(請求額五一〇〇円) 二六〇〇円

入院雑費は一日当たり一三〇〇円が相当であるところ、入院期間が二日であるから二六〇〇円となる。

4  税負担を軽減できなかつた損害(五〇〇万円(内金請求)) 〇円

相続税は、相続財産取得者が、被相続人死亡時の財産状態、取得財産に応じ当然負担すべきもので、被相続人が節税対策ができなかつたことによる事実上の相続税支払義務の負担増が損害となるか疑問なしとはしないが、これをひとまず置くとしても、証拠(甲一三、二五、二六、三六、三七の1ないし4、三八、原告佐智子)及び弁論の全趣旨によれば、亡範子は大阪府吹田市佐竹台三丁目に原告佐智子と共有の土地を有していたこと、右土地でアパート経営をすることにより節税対策を考慮していたこと、原告らは亡範子死亡による相続財産取得に当たり、七二七二万円の相続税支払義務を負担したこと、アパート経営をしていれば、原告らの相続税支払義務は三四四五万円程度に止まる可能性もあつたことが認められるが、他方、原告佐智子本人尋問の結果によれば、まだ、アパート経営に向け、具体的業者と契約あるいは契約間近といつた確定的な段階には至つていなかつたことも認められるもので、これによれば、未だ損害は発生していないというべきである。

5  小計

右によれば、原告らの弁護士費用を除く総損害額は三二二七万一〇三四円となり、これから一割の過失相殺による控除をし、さらに自賠責保険金一九五九万五一〇〇円を控除すると九四四万八八三〇円となり、原告らの各損害額は三一四万九六一〇円となる。

6  遅延損害金

なお、不法行為の日から自賠責保険支払日までの四四六日間の保険金相当損害額一九五九万五一〇〇円の年五分の割合による遅延損害金は一一九万七一八〇円であり、原告らの遅延損害金は三九万九〇六〇円となる。

7  弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は原告ら各人につき各三〇万円と認めるのが相当である。

三  まとめ

以上によると、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、各金三八四万八六七〇円及び各内金三一四万九六一〇円に対する不法行為の日である平成二年七月二〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。

(裁判官 高野裕)

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